幸せの測り方:Happiness is Everything ?
『Happiness Is Everything, or Is It? Explorations on the Meaning of Psychological Well-Being』という論文を読んだのでその内容のまとめと紹介です。
前回の「選択」に関する記事につづいて、こちらもかなり古く1989年の論文です。 「現在」や「今まで」といった言葉が出てきた場合、その論文発表当時を指している、と考えてお読みください。
ちなみに、幸せをどう測るか、についての論文であって、どうすれば幸せになれるか、といった話は全くでてきませんので、そのような話は期待しないようお願いします。
どんな論文?
今まで精神的な幸福度を測るために使われている指標には理論的な根拠が欠けている、として、幸福に関する様々な思想・文献からまとめた新しい指標を提案し、評価することで、過去の指標では捉えられていなかった幸福の要素や、性別・年齢による各要素の傾向の違いを示した論文です。
投稿日時点の引用数は5096となっており、かなり影響力を持った論文であると言えそうです。
この記事で扱う話
先述で触れたとおり、この論文は過去に使われていた幸福を測る指標の問題を指摘するため、過去に使われていた指標と今回新たに提案した指標の比較を行っているのですが、新しく提案した指標でどういう結果が得られたか、という話の方が面白いと思いましたので、この記事中では過去の指標について詳しくは言及しません。
(そもそもこの分野に関する私の知識が不足している、という問題もありますので。。。)
一方、論文の内容の本質とはあまり関係がないものの、このような、心理状態を測るめのアンケートの質問内容をどうやって作っているか、というプロセスは今まで知らなかったこともあり興味を感じたので、記載しています。
「Well-Being」の指標・「Happiness」との違い
まずはじめに用語についてです。タイトルではアイキャッチとわかりやすさのために「幸せ」という言葉を使ったものの、この論文で測ろうとしている指標は「Well-Being」であって「Hapiness」ではありません。
「Well-Being」は直訳すると「良い状態」であり、「満足度」や「充実感」などとも訳す場合があります。ニュアンスの違いを表現しようとすると、例えば「(大変だけど)やりがいがある」というのは「Hapiness」よりも「Well-Being」に近いのかな、と思います。あとは、麻薬で Happy になる、という表現をすることはあっても、麻薬で Well-Being な状態になることはない、とか、そんな感じでしょうか。上手い訳が思い当たらないので、必要な場合は「Well-Being」という単語をそのまま使わせてもらおうと思います。
では本題。
この論文では、先行研究や、アブラハム・マズローの自己実現理論やカール・ロジャーズのThe fully functioning person 説などの、人にとって健全な状態とは、良い人生とは、に関する多数の思想・文献から得られた知見をまとめて、以下の6つをその要素として提案しています。
自己受容性 (self-acceptance)
現在や過去の自分を、良い点悪い点含めて肯定的受け入れられているかどうか
他者との良好な関係(positive relations with others)
そのままの意味です
自律性・自主性 (autonomy)
自分の行動を律することができるかどうか、他人や社会からの評価に依存せずに自分の考えで行動できるかどうか
環境を支配する力(environmental mastery)
自分に合った環境を選択する力や外に働きかけることで自ら環境を作る力があるかどうか
人生の目的 (purpose of life)
人生に目的、意義があると感じられる精神状態、意志を持って行動する力があるかどうか
自己成長性 (personal growth)
自身の継続的な成長を信じられるかどうか、新しい経験を受け入れられるかどうか
そしてこれらの指標を測るアンケートを作成し、様々な人に回答してもらう事で、そのアンケートの有効性と、各指標についての年齢や性別における違いを示しました。
Well-Being の要素を測るアンケートの作り方
アンケートは、「強く同意」から「強く反対」を6段階で回答する形式の質問から成り立っているのですが、その質問を作るプロセスを紹介します。
- 各要素自体の定義と、「その要素が高い状態」と「その要素が低い状態」の定義を定めます
- 同意するほど高い状態を示す質問項目と、同意するほど低い状態を示す質問項目を作成します(※)
- 作成は3人のライターに、性別や年令に関係なく適用できそうな項目、という条件を提示して依頼
- 他の要素を測るための質問と似ている項目や、ほとんどの人の回答が同じ結果となるような項目を削除します
ここまでのプロセスで得られた質問項目を、実験の回答者には答えてもらいます。
この時点では、同意するほど高い状態を示す質問項目が 16、低い状態を示す項目が 16 です。
そしてアンケート回答が得られた後、各項目に対する回答結果と、各要素の合計スコアとの相関関係を調べて、もともと意図した要素よりも、他の要素との相関が高かった項目を削除します。
例えば、もともと自己受容の高さを測るために用意していた質問が、自己受容の合計スコアよりも自己成長の合計スコアへの相関が強かった場合は削除する、といった具合です。
最終的には、各要素について 20 ずつの質問が残ったそうです。
つまり、まずは「こんな感じだろう」という質問項目を用意して、実際の実験結果から、本当に正しく使えそうな質問項目を選び抜く、ということですね。なるほどです。
(※)同意するほど「高い状態」を示す質問さえ用意すれば、逆はいらないのでは?と考える方もいるかもしれませんが、「高い状態」の不在が「低い状態」を示すとは限らないので、このような形式がとられるそうです。逆のパターンになりますが、病気がなければ健康である、とは限らない、と同じようなことなのかもしれません。
実験結果
男/女、若者/中年/高齢者を含む 321人に用意したアンケートに回答してもらい、年齢と性別の違いや経済的な状態の影響についてに着目して結果を分析すると、以下の様な結果が得られました。
- 年齢は各スコアの傾向に大きく影響する
- 例えば若者は「自己成長性」が高い反面、「環境を支配する力」が低い、高齢者はその逆
- 全体の合計では中年のスコアが高い
- 特に「自律性・自主性」と「人生の目的」
- 性別の違いもスコアの傾向に影響がある
- 女性は「他者との良好な関係性」のスコアが高い、また「自己成長性」も前者ほどではないが高め
- 他の項目については性別における違いは殆ど見られない
- 結婚している人は「自己受容性」と「人生の意義」が高め
自己成長性が性別によって差が出る、というのが少し意外な気もしますが、他はなんとなくそんな感じがしそう、という結果に思います。
ちなみに、この論文の趣旨である、今までの指標との比較に関して少しだけ述べておくと、「自己受容性」や「環境を支配する力」などが過去の指標との相関をみせたことで、今回新たに提案した指標が、今まで経験的に使われている指標と繋がりがある、と言えるのに加えて、「他者との良好な関係」、「自律性」、「人生の意義」、「自己成長」については、それらの有効性を支持する多数の思想があるにも関わらず、今までの指標ではきちんと捉えられていなかった事がわかった、という結果となりました。
感想
実験結果は驚きを感じられる内容ではなかったものの、「どうやって Well-Being を測るのか」という問いの歴史のようなものに触れることができ、面白い論文でした。この手の論文は内容を身近に感じられるので、取り組みやすい分野だと思います。
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