人の選択は必ずしも合理的ではないよ、でもその非合理性にはパターンがあるよ、という話
「The Framing of Decisions and the Psychology of Choice」という論文を読んでみたので、それについての内容のまとめ兼紹介です。
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』という本が数年前に有名になったので、タイトルの内容なんて知っているよ、という方も多いでしょうし、この論文は 1981年の論文なので新しい情報はあまりないかもしれませんが、その分基礎となる話がまとまっていて、前提知識もそれほど必要としない良い論文だったと思います。
どんな論文?
人が物事を選択する時の傾向について調べ、
- 本質的に同じ質問であっても選択肢の見せ方によって何を選ぶかが変わることがある
- そして選択肢の見せ方(感じ方)による効果にはパターンがある
- 必ずしも期待値が最大となる選択肢を好むわけではない
という具合に、人の選択が必ずしも合理的ではないということを示した論文です。
1981年に発表された論文で、行動経済学系の古典・原点と呼べるようなものなのではないかと思います。
引用数 11661 (投稿日時点での Google Scholor 調べ)がその影響力を物語っています。
この論文を選んだ理由
この論文の著者は、2002年のノーベル経済学賞受賞者で「ファスト・スロー」という著書で有名です。この本を読んだことがあり、とても面白かったのでせっかくなのでこちらの論文も読んでみました。論文の内容は本に書いてあることの一部になります。
- 作者: ダニエルカーネマン,村井章子
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では、ここから内容の紹介に入ります。
まずは例題
さっそくですが選択問題です。あまり考えず直感的に選んでみてください。
問: 600人の犠牲者が出ると予測されている病気に対し、2つの対策が考えられており、それぞれの効果は以下のように予測されています。もしあなたがどの対策を取るかを決める立場に居た場合、どちらを選びますか?
- A: 200人の人が助かります
- B: 1/3の確率で600人が助かり、2/3の確率で誰も助かりません
では、次の2つの対策ではどうでしょうか?
- C: 400人の人が亡くなります
- D: 1/3の確率で誰も亡くならず、2/3の確率で600人が亡くなります
さて、あなたはどちらを選んだでしょうか?
気づいた方も多いもしれませんが、AとB、CとDは表現形式を変えただけで、結果的には同じ内容です(※)。
ところか、AとBという二択では A を選んだ人が多数派(72%)であるのに対し、CとDという二択ではDを選んだ人が多数派(78%)であるという実験結果が出ており、このように人の選択は「問題の見せ方」によって影響される、というのが、この論文の主張の一つです。
それでは、少しずつ内容に進みます。
(※) それぞれ A, C で残りの人がどうなるかについて言及がないので厳密には同じではないのでは?という気はしなくもないのですが。。。
そもそも合理的な選択とは?
まず、「選択をする」ということは
- 行動
- 考えられる結果
- 行動が各結果に結びつく確率
を評価して、行動を選ぶこと、と定義できます。
そして「合理的な選択」とは、各要素が本質的に同じであれば、要素の見せ方が変わっても選択する行動は変わらない、という「一貫性」を満たしているものとされています。
先の例で言うと、AとBという組み合わせも、CとDという組み合わせも、結果的には同じ選択なのだから、傾向は同じになるはずである、という感じです。
(昔の)経済学では、人間の選択の合理性を前提にした研究が多いのですが、実は人間は合理的ではなく問題の見せ方(framing)に影響されるのだ!、さらには期待値が高い結果を選ぶとも限らないのだ!というのがこの論文の趣旨になります。
具体的には、選択をする際に
- 結果を利益として見るか損失として見るかで受け止め方が変わる
- 低い確率を過大評価し、それ以外の確率を過小評価する
- 利益(損失)の絶対値が感じる価値とは一致しない
ということが示されています。
利益か損失か
まず影響があるのが、選択による結果を利益として見るのか、それとも損失として見るか、です。
最初の例題では、AとBの組み合わせでは救われる人の数=利益という観点で結果を記述しているのに対し、CとDの組み合わせでは亡くなる人の数=損失という観点で結果を記述しています。このときの結果や他の実験(金銭的な選択肢を与えた場合など)の結果から、一般的に
- 結果を利益として見た場合、リスクを取ることを嫌う(確実な利益を好む)
- 結果を損失として見た場合、リスクを受け入れやすい(確実な損失を嫌う)
という傾向があることがわかりました。
金銭的な利益・損失を課題にした例は以下の様なものです。それぞれ、あなたならどちらを選ぶでしょうか?
①
- A: 確実に240$貰える
- B: 25%の確率で1000$貰え、75%の確率でなにも貰えない
②
- C: 確実に750$失う
- D: 75%の確率で1000$失う、25%の確率でなにも失わない
いかがでしたでしょう?
期待値でいえば、①ではBを選ぶべきで、②はどちらでもよいといえます。 ところが実験では、①ではAが圧倒的多数派(84%)、②ではD(87%)が圧倒的多数派という結果が出ており、利益の場合は確実性を重視される一方、損失の場合は賭けに出る、という傾向がでています。
また、同じ量の利益と損失の場合、損失で受けるストレスの方が、利益から得られる喜びよりも大きいこともわかっています。例えば、「コインの表が出たら1100円得られ、裏がでたら1000円失う」という期待値がプラスの賭けに参加しない人が多くいる理由にはこの利益と損失の受け止め方の違いが関わっているとされています。
基準をどこに置くか、という問題:クレジットカードの例
ある選択に対する結果が利益か損失かというのは、どこに基準を置くか、によって変わりますが、企業はそれを上手くコントロールして、企業に都合の良い選択肢をよりよく見せようとします。
例えば、クレジットカードを扱うお店で、「クレジットカードの場合は手数料がかかります」ではなく「現金の場合は安くなります」という形で掲示されているのは、クレジットカード会社からの要請だそうです。
これは、「現金値引き」という「利益」を諦めることの方が、「手数料」という「損失」を被ることよりも受け入れやすいため、結果的にクレジットカードの利用を増やせるからとされています。
他にも保険会社などは、保険料や保障をどう見せるか、については特に気を使っているそうです。
選択と期待値
次の話題は期待値について。「選択が合理的かどうか」を評価する上で期待値との比較は有用でわかりやすい指標になります。
期待値は
期待値 = 結果の価値 × その結果が起こる確率
で求められるので、価値と確率をそれぞれどう考えるか、が注目の的となります。
先ほどの問題の①(確実な240$ vs 25%の1000$)に着目して、確実な240$が好まれる理由を「価値の感じ方の非線形性」と「選択問題における確率の捉え方」の両面から見てみます。
価値の感じ方の非線形性
簡単な例を挙げると、0$ から 10$ は 100$ から 110$ よりも感じる価値の増加量が大きい、ということです。
これは心情的に納得しやすいですね。価値の絶対量が増えれば増えるほど、実際の差分に対して感じる主観的価値の差分は小さくなっていきます。
①の例では、0$ から 240$ の増加は、例えば 760$ から 1000$ への増加よりも価値が大きく感じるので、「240$に感じる価値 / 1000$に感じる価値」は 240 / 1000 よりも大きくなり、「感じる期待値」は A の方が高くなることがある、と言えます。
選択問題における確率の捉え方
もう一つ、確率を伴う選択においては、確率(Aの場合は25%)をどう捉えるか、に依存します。冒頭で「低い確率を過大評価し、それ以外の確率を過小評価する」と一度記載していますが、つまりは 25% という確率が与えられても、0.25 よりも低い値を期待値の計算の係数として使う傾向があることがわかっています。これもAよりもBが好まれる一員となっています。これもなんとなく、そんな傾向があると自覚できる人が多いのではないでしょうか?
確率の捉え方の利用例:保険の例
確率、というよりは全体に対する部分、という話にはなりますが、保険の内容を「Aという病気とBという病気のうち、Aを保障」と表現してしまうと、単に「Aを保障」と表現したときよりも受け止められ方がネガティブになります。全てを完璧に保障するような保険は実質ありえないので、必然的に保険というのは部分的になりますが、そういう場合はそれぞれの部分を独立して「完全に保障」という形で表現することで、より魅力的に見えるようにしているそうです。
まとめ
本当はこの論文には他にも内容があるのですが(少し後述)、これ以上長い文章を書く自信がないのでこの辺りでまとめておこうと思います。
今回、人が選択する際は
- 問題をどう見せるかによって、本質的には同じ問題でも異なる選択をすることがある
- 高い期待値の選択を諦めてでも確実な利益を好む傾向がある
- 確実な損失を回避するためにはリスクを取る傾向がある
という事を学びました。
また、クレジットカード会社や保険会社などの企業が、選択肢の見せ方を上手くコントロールすることで消費者に自分たちの望む印象を植え付けようとしている事がある、という事もわかりました。
それが分かったからどうなの?という問については、そのような傾向があるということを自覚し、「今どの選択肢が良さそうか?」ではなく「将来どう感じるだろうか?」を意識して選択を行うと、より質の高い選択に繋がるだろう、とのことです。
自分が選択肢を考える側であれば、この知識を活用して自分の都合の良いように見せ方を工夫することもできるでしょう。
他にも
ある事象がL%の確率でおき、その事象が起こったあとはN%でαという結果が、M%でβという結果が起こる、という具合に確率問題の組み合わせがあった場合、最初のL%の確率が無視される傾向にある、ということであったり、sunk cost に関する話など面白い例題などが乗っています。『 ファスト&スロー (上)』はとても面白い本だと思うので、もし興味を持たれたらぜひ読んでみることをお勧めです。
また、『選択の科学』という本も、より包括的に選択についての研究の成果を紹介しているのでオススメです。例えば、今回の話は主に選択する時の心理的な影響についてでしたが、選択した後、将来振り返った際に自分がした選択についてどう思うかであったりといった話もあります。
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