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小説感想:『ざんねんなスパイ』

ざんねんなスパイ

ざんねんなスパイ

前作『レプリカたちの夜』に引き続き、不思議な世界観で繰り広げられる小説。

前作ではレプリカを題材に本物・偽物の違い、意識の有無などを扱っていたのに対して、こちらは国に忠誠を誓った老スパイを主人公に、人種や国による差別、帰属意識なんかを扱っていたので、著者はそういう哲学的、社会的問題について散りばめるのが好きなのかもしれない。自分は(にわかレベルではあるが)その手の話が好きなので、読むのが楽しい。

相変わらず、現実にはありえそうもない特徴的な登場人物たち、謎めいた展開、すっきりとはしないエンディングではあるものの、軽妙な文章はとても読みやすい。

この文章力を使って、一度思いっきり娯楽向けの作品を描いてみてほしい(伊坂幸太郎の『陽気なギャング』シリーズのような)。

以下、印象に残った文章。


おさないころは席がとなりというほんのささやかな共通点だけで親友になれたものだ。それが大人になると親友を作るのはとたんに難しくなる。

たしかに「同じ大学を選んだ」、「同じ会社を選んだ」という共通点よりも、おさなさに伴うある種の無防備さの方が、親友を作るには役に立つのかもしれない(例外はあるにせよ)。

いままで”あいつら”という発想そのものがおかしいなどとは考えてみたこともなかった。というか”あいつら”というのが”存在”ではなくて”発想”などとおもったことさえなかった。

敵味方、俺たちお前たちの区別は誰かが引くものであって、最初からそこにあるわけではない。

「あなたはなにがしたいの?」「いうまでもないだろ。われわれスパイは任務を遂行するのみだ」「そうじゃなくて。それは政府がしたいことでしょ。わたしがきいているのは、あなたがなにをしたいのかってこと」「意味がわからないな……」「大事なことだとおもうけどな」

「所属組織がやりたいこと」に飲み込まれて「自分がやりたいこと」を見失わないようにしたい。最終的に所属組織に従うにしても。