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書評:『知の逆転』 - 偉人の思考への足がかりに

新年度の始まり前に読むのに相応しい、学ぶ意欲、考える意欲を刺激してくれるとても良い本でした。新書サイズで 6人の偉人のインタビューの内容が載っているので、それぞれの著書や、挙げられた推薦文を手に取る取っ掛かりとして最適です。

大きなネタバレにならない程度に、社会的な問題に関することをメインに全体的な感想や興味を惹かれた回答について書き留めます。

知の逆転 (NHK出版新書 395)

知の逆転 (NHK出版新書 395)

自分の頭で考える

まず、6人の偉人の方々は皆何らかの専門を持った「科学者」である、言えると思うのですが、誰もが政治的、社会的な質問にはっきりと自分の意見を回答されていたことが印象的でした。

「ブッシュとその政権は、非常に粗野で傲慢(中略)オバマも役立たず」(ノーム・チョムスキー)、「アメリカ人がこぞってブッシュを大統領に選んだときは、もちろん集団が大間違いをしたわけです」(マービン・ミンスキー)などなど。

日本の科学者からはあまりそのような、はっきりと政治家を名指しするような発言を聞いた記憶はありません(もっとも日本の科学者自体あまり知らないのですが…)。いずれにせよ、他の話題も含めて、彼らは「自分の頭で考え、物議を醸すような内容でも言葉に出す」ということを自然にされているのだなぁ、と感じました。

教育制度について

主に、先生の情熱、創造性、考える力を伸ばすことの重要性を説いています。

理想とする教育とは、子供たちが持っている創造性と創作力をのばし、自由社会で機能する市民となって、仕事や人生においても創造的で創作的であり、独立した存在になるように手助けすることです。こういう教育だけが、進んだ経済というものを生み出すことができる。

これはノーム・チョムスキーの言葉。人々を訓練して労働者にする教育では、企業にとって短期的な利益は得られても、人間の発展や経済の発展にはつながっていかないとも語っています。

ジェームズ・ワトソンも考える事の重要性を説き、その能力は記憶を主体とする教育からは生まれない、と発言、更に教育にかける年数を減らし、本当に必要な教育内容を見直すべきという考えを持っています。

実際、私が受けた教育の内容を振り返ると、役に立っているものは少ないなーと思います。歴史や古典といった暗記ものは特に。逆に、作文や、作者や登場人物の考え、主張をまとめなさい、という課題は、好きではなかったものの、もっとやっておけばよかったと(分析力、文章力が欲しい)。

インターネット・集合知

自由な情報展開や検索の利便性は認めつつ、そこから生まれる集合知(というよりも群衆の叡智?)には懐疑的な印象が見られます。

つならない考えを持った人たちがあまりにもたくさんいて、ネットはもうそれほど役に立つものではなくなってきているように思います。

とはマービン・ミンスキー。他にもブッシュ政権やナチスドイツを例に挙げ「集団の中に一般的な叡智があるというふうには信じていません。」と語り、逆にアインシュタインシュレディンガーの名を挙げ「科学の分野では革命的なことはいつも、一人二人の人間から始まっています。」と語るなど、社会・科学の発展における集団の役割に懐疑的です。

ジェームズ・ワトソンも

文明の大きな進歩というものは「個人」が生み出すもので、「政府」からは決して生まれてこない。(中略)独立した「個人」というものが尊重されなければならない。

と個の重要性を説いています。

一方、ノーム・チョムスキーは「視点というものが形作られ発展していくためには、構造を持った社会が必要になります」と、現実の交流活動とコミュニティの意義を語って、インターネットのコミュニティでは不十分であるという視点を持っています。

オリバー・サックスは「私はいつも実際にペンでゆっくりと手紙を書くようにしています。この「ゆっくりさ」というのが重要で、よく考えますし、考えを洗練させることができるからです。」とのこと。

ちなみに冒頭のブッシュ云々の話は、皆が選ぶものが正しい訳ではない、ということでこの辺りにもかかっています。

予測分野における集合知の有効性は度々耳にしますし、オープンソース・ソフトウェアのようなネットワーク越しのプロジェクトで成功しているものも多々あると思いますが、科学的真実や社会的な正しさの追求においては深く考えた個人・グループの存在が不可欠、ということなのでしょう。


他にも、それぞれ方の専門分野に関する話もあり、多くの視点に触れることができとても有意義な読書でした。唯一の難点は、新書で6人ということで、一人あたりのページ数は限られている、というところなので、これを足がかりに、各人の著書や、推薦図書にも手を出したいと思います。

気になる著書リスト

トム・レイトンはまだ本を出していないようで、特に気になるだけに残念です。 読むとすれば アカマイ 知られざるインターネットの巨人 になりそうです。