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言葉と思考:『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』

言語が思考に与える影響について、数々の説が主張され、そして否定される歴史を辿りながら、最近の研究成果を挙げて現在の知見をまとめている、科学系の読み物としてとても面白い本でした。

「年間ベストブックを多数受賞」だそうですが、納得です。

言語が違えば、世界も違って見えるわけ

言語が違えば、世界も違って見えるわけ

本書の中で特になるほどと思った概念は「言語間の決定的に重要な違いは、話し手になにを表現することを許すかではなく、話し手にどんな情報を表現することを強いるかにある」という点です。

本書では例のひとつとして、私たちにとって前後左右という自身を中心した座標系を使うのが自然と思われる場面でも東西南北という地理座標系を用いる言語(例えば「ちょっと左に動いて」という場合には「ちょっと東に動いて」という具合になり、その方角は現在対象が向いている方角によって変化する)が紹介されているのですが、この言語を用いる人は絶対方向感覚とでも呼ぶような、自分や周りのものが向いている方角を把握する力を持っている(持つようになる)そうです。

他にも、情報の鮮度や一次性(直接見聞きしたのか、誰かから聞いたのか、それは何時なのか)について細かい区分がある言語や、男性・女性の区別が明確な言語(例えば一緒にいた人について語る際にその人の性別を隠すことができない)など、普段使う言語によって考えるべきことが誘導されることに面白いと思いました。

これは本書に書いてあったことではありませんが、日本人が上下関係や性別的なステレオタイプを意識しがちなのは、謙譲語、尊敬語が存在し、(基本的に)性別によって使用する一人称が異なる日本語によるフィードバックループもあるのではないでしょうか。

他にも、言語が持つ色名の区分によって、類似の色を見分ける速度が変わる(ほとんど反射的な作業と思われる単純タスクにも言語の認識が介入している)、色に名前が付けられる順番には多くの言語で規則性がみられる(黒→白→赤→…)など色についての話や、言語の複雑度(小規模社会で使われる言語は、多くの情報が単語内で表現される。コンテクストが話者間で共有されており、複雑な情報を含む必要性が薄いため)についての話など、興味深い話がありました。

「違いがあるから何なのか、例えば IQ だったり抽象的な問題解決能力に影響が出るほどの差なのか?」についての回答はほぼ確実にノーなので、「だから何なのか?これらについて知ったところで何か役に立つのか?例えばどの言語を学べば(子どもに学ばせれば)有益なのか」については「わかりません」と答えざるを得ません。そういう二次的な実益を求める本ではないです。

しかし、言語と思考という人間の本質的な部分について光を当て、好奇心を刺激してくれるこの本は、優れた科学本だと思います。