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道徳が嫌いな方に:『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』

満足度:★★★★★

私は小学校のころは道徳の授業が嫌いでした。

…ということは特にない(*1)のですが、「道徳」と聞くとちょっと身構えてしまいますね。胡散臭いというか、宗教感があるというか、思想統制のにおいがするというか。

この本を読むことにしたきっかけは偶然本屋で見かけた際に『コピーキャット―模倣者こそがイノベーションを起こす』に似た白黒のクールな装丁に惹かれた、というただそれだけ(いわゆるジャケ買い)なのですが、期待以上に心理学について詳しく取り上げていて、道徳に加えて政治にも抵抗感のある自分にとっては嬉しい誤算でした。

「道徳が人類の進化の過程でどのように発達し、どのような役割を果たしているのか?」という疑問に対して、集団間での選択圧(道徳感を共有し、密接に協力できる集団はそうでない集団よりも生き残る可能性が高いため、人類は全体としてそういう傾向を有するようになった)を軸にした説得力のある仮説が展開されています。

道徳を礼賛することなく、客観的に解説することを目指している本なので、道徳に対して嫌悪感、忌避感を持っている人も、これを読むと納得のいくところがあるのではと思います。

ボリュームの大きさとタイトルから受ける印象よりも遥かに読みやすく、興味深く快適な読書ができました。もともと内容にこれといった期待をしていなかったこともあり、大満足です。

道徳とは

簡単に結論だけ書き留めておこうと思いますが、本書では以下のようにまとめられています。

道徳システムとは、一連の価値観、美徳、規範、実践、アイデンティティ、制度、テクノロジー、そして進化のプロセスを通して獲得された心理的なメカニズムが連動し、利己主義を抑制、もしくは統制して、協力的な社会の構築を可能にするものである。

「道徳」と聞くとなんとなく距離を置きたくなる理由がこの定義でとても明確になりました。

なぜなら「利己主義を抑制、もしくは統制」しようとするものだから。

それぞれの具体的な道徳観(年長者は敬うべき、女性に優しくすべし等々)に納得できる、できないかは問題ではなく、そもそも道徳の存在目的が「自己中心的な私」と相容れないんでしょう(何も四六時中自己中心的でいたい、他人のことなど知らん!と思っているわけではありませんが…)。

一方で、集団、社会の存続において道徳が有益な機能を持っていること、合理性のみを基準にした統治がとても難しいことには、本書の内容からも十分納得しています。なにせ「協力的な社会の構築を可能にするもの」ですからね。政治家、経営者、教育者などの人を導き育てる立場の方々には、上手く道徳の力を活用して欲しいものです。

なせ左と右にわかれるのか

  • 各個人は、遺伝子や経験の影響によって異なる性格を持つ
    • 例えば、脳の「報酬系に対する反応の強さ」の違いは「新しい経験を好みやすいかどうか」に影響を与える。そのような「性格に影響を与える可能性を持った遺伝子」は政治信条への影響にも繋がる可能性を持っており、実際にそのような研究結果が出ている
  • 進化の過程で人間が持つようになった、自集団に貢献したいと思う心、自集団に対する忠誠心が、同時に他集団への攻撃性や排他性にも繋がる

はじめは「どちらかといえば」くらいの気持ちで自分がどちらの集団に属するか、どちらの集団を応援するかを決めたとしても、帰属意識が分断を押し進め、政治における左と右のいがみ合いのような結果を生むそうです。

また、関連する話として「IQ が高い程、持論を支持する論拠を多く考え出せる傾向にあるが、必ずしも反論を多く考え出せるわけではない」というものもありました。頭が良くても確証バイアスにはなかなか勝てないようですね。この傾向は、他集団との相互理解を阻み、実際の考え方の相違以上に敵対意識を持たせる一因になります。

*1:というより、小学校の頃の道徳の授業の記憶って印象レベルですら全然ないです。小学校の頃の授業で多少なりとも覚えているのは体育、図画工作くらい。