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本やゲームの感想など

失敗なくして進歩なし:『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織

失敗から学ぶ組織(業界)の主要な例として航空業界が挙げられている。

飛行機にはブラックボックスが組み込まれており、万が一事故が起きた際には徹底的に原因の調査が行われるが、パイロット個人に対する責任の追求は基本的に行われない(例外はあり、そういった場合はパイロットの人生の崩壊といった悲劇的な結果を生むこともある)。また、調査結果は該当機の企業だけでなく業界全体で共有される。

また、ミスの報告も一定期間内の自己申告であれば処罰を行わない、個人を特定しない形で飛行機からエラーレポートを収集する仕組みがあるなど、失敗から学ぶ文化が根付いている。

それを裏付ける一例として、「ハドソン川の奇跡」で有名になったサレンバーガー機長の言葉が印象深い。

我々が身に付けたすべての航空知識、すべてのルール、すべての操作技術は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものばかりです。(中略)大きな犠牲を払って、文字通り血の代償として学んだ教訓を、我々は組織全体の知識として、絶やすことなく次の世代に伝えていかなければなりません。これらの教訓を忘れて一から学び直すのは、人道的に許されることではないのです。

一方で失敗から学ばない組織として挙げられているのは医療、司法などである。

医療ミスを「複雑な事態が起こった」として片付ける病院と医者、DNA鑑定の結果に無理矢理な解釈を持ち出してでも冤罪の可能性を認めない検察、彼らの共通点は自分たちの専門性に高いプライドを持っていること、そして失敗が自分の無能さとして受け取られることを非常に恐れていること。

こちらも「一から学びなおすことが人道的に許されることではない」仕事であるため航空業界との違いが際立つが、これはそこにいる個人の資質ではなく業界の文化の差が大きい。多くの場合、彼らは真面目に仕事に取り組んでいるからこそ、ミスを許容しない文化に強く適応してしまっている。

また、自分たちの活動が役に立っているということを確信し、活動の効果を検証しない善意の NPO、ある分野への適性を生まれつきの才能と決めつける教育にも問題はある。

あらゆる進歩には失敗・間違いがつきものであることを受け入れなければならない。科学は誤りのあるかもしれない仮説を主張することを認め、検証によって真偽を確かめることで発展を遂げてきた。また、かつて正しいとされてきた論説に異議を申し立てることもできる。その根底にあるのは「自分は万能ではない、全てを知っているわけではない」という姿勢である。

社会的政策やビジネスの分野では未だこうした姿勢が足りていない。小さな改善を試行錯誤して繰り返す、事前検死を採り入れるなど、「失敗ありき」で物事に取り組むべきだ。

「言葉にできない」は「考えていない」と同じ:『「言葉にできる」は武器になる。』

タイトルに強く同意したので、何冊目かはわからない「この手の本」を読了。

内容自体は類似のこの手の本とさほど変わりはなく、1時間強で読めてしまって 1500円 なのであまりコスパは高くない(コスパを「内容の量/金額」で計算するならば)が、さすがに文章や図はわかりやすいので十分オススメできる。

出費を抑えたいのであれば、立ち読みして重要なポイントを記録しておくか、Kindle 所有者であれば『伝わっているか?』や 『ここらで広告コピーの本当の話をします。』辺りをオーナーライブラリの権利もしくは Kindle Unlimited の権利で読むかすればよい。

ただ、やはりタイトルに強いメッセージ性があるので、目に見えるところに置いておくと普段から意識できて良いのではないかと思う。

「言葉にできる」は武器になる。

「言葉にできる」は武器になる。

ゲーム AI の現在と未来:『人工知能の作り方 ――「おもしろい」ゲームAIはいかにして動くのか』

身体を持つキャラクターが自身を動かし世界とインタラクションするための AI、チーム・群衆をコントロールする AI など、画像認識や音声認識といった狭い範囲での AI の例に留まらず、ゲーム内世界の実現や人間的なロボットに必要な幅広い範囲のトピックを扱っている。

知能の定義の問題から、実際に販売されたゲームで使われたテクニックの例まで挙げられており、内容は面白かった。

ただし、図は多いものの、あまり直感的ではなくわかりにくいものも多い。また、一読してわかるような誤字脱字や(内容がではなく普通の日本語として)わかりにくい文章が散見され、その辺りは少しもったいない。

人工知能の作り方 ――「おもしろい」ゲームAIはいかにして動くのか

人工知能の作り方 ――「おもしろい」ゲームAIはいかにして動くのか

技術で人と社会を豊かに:『ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術』

人の生活をより良くすることを意識して製品・サービスを作成するために必要な知識をまとめた本。

カバーしている範囲が多岐に渡るので、取っ掛かり、リファレンスとしては役に立つかもしれない。情報が整理されて並べている反面、作者の主張や熱意を感じるタイプの本ではなく面白みに欠けるので読み物としてはあまりオススメできない。具体例についても軽く触れる程度なため、あまり印象に残らなかった。

「特定の研究成果を鵜呑みにせず、状況に合わせて適切に適用する必要がある」というもっともな正論でまとめられている項目も多く、未だ発展途上の分野であることを実感した。

ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術

ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術

  • 作者: ラファエル A.カルヴォ& ドリアン・ピーターズ,渡邊淳司,ドミニク・チェン,木村千里,北川智利,河邉隆寛,横坂拓巳,藤野正寛,村田藍子
  • 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る

「怖い感じ」とは何か:『恐怖の哲学―ホラーで人間を読む』

「ホラー作品はなぜ娯楽として成立しているのか」など恐怖を主題とはしているが、それはあくまで具体例。

そもそも「感じ」や「情動」とは何で、どういう役割を果たしているのか、というもっと広い疑問を、生物学、脳科学を採り上げて解説していたため、ホラーそのものにほとんど興味がなくてもとても楽しめた。

ハードカバーで 2000 円強で売られていてもおかしくない内容だと思うが、新書で1000円程度。素晴らしい。

キーワード

中核的関係主題

それぞれの種類の情動の根底にある、自分と状況との関係的な利害をまとめたもの。

ソマティックマーカー仮説

情動的な身体的反応は、その反応を引き起こした対象の価値づけを反映したマーカーとして働く。その意味で、身体的反応は「ソマティックマーカー」と呼ばれる。

ソマティックマーカーは意思決定の際に、それが評価している価値づけに合致する選択肢を選ばせるバイアスとして働くため、自分にとって有利な意思決定を素早く行うにはソマティックマーカーが必要である、という仮説。

身体化された評価理論

情動を、中核的関係主題に対応するようにパターン化された身体的反応をレジスタすることで外的状況を評価する心的状態とみなす理論。

哲学的ゾンビと2種類の意識

意識の機能面に焦点を絞った意識の概念を「心理学的意識」(「怖いから逃げよう」などの出力に繋がる意識)、意識の感じの面に焦点化した意識の概念を「現象的意識」(怖いときに現れる、独特の感じ)と呼ぶ。

哲学的ゾンビは心理学的意識は持っているが現象的意識を持たない存在といえる。

AIR 理論:Attended intermediate-level representations

「注意の的となっている中間レベルの表象」。中間レベルの知覚の情報が、注意(脳内でどのように情報が流れるかを調節するプロセス)によってワーキングメモリに送られることにより意識体験が生み出されるとする理論。