読書メモ:『IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる』
3行まとめ(ドキュメンタリー本にまとめも何もないですが)
- ワトソンは自然言語を理解する質問応答システムであり、アメリカの人気クイズ番組「ジョパディ!」で人間のチャンピオンに勝つという目標のもと IBM によって研究開発された(結果は完勝)
- ブランドイメージを向上させるというミッションも背負っていたため、人工知能への不安感を煽る結果とならないよう見せ方を工夫する、といった、単純な性能向上以外のミッションも持っていた
- ワトソンが導き出す回答候補には時折"見当違い"なものが含まれることもあり、そういう点でも"就職後"は人間を負かす(置き換える)のではなく、人間に助言を与える方向が有望である
人工知能という分野全体から見たワトソンの立ち位置、強みと弱点のような話から、ブランドイメージの向上のための苦心、エンターテイメントとして成り立たせるためのジョパディ!側との交渉、人間 vs 機械における公平性の議論、ワトソンの「就職先」検討の話などを通して、「社会における人工知能とは」的な話をドキュメンタリーを楽しみながら俯瞰できるとても良い本だと思いました。
IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる
- 作者: スティーヴン・ベイカー,金山博・武田浩一(日本IBM東京基礎研究所),土屋 政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/08/25
- メディア: 単行本
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以下、上に挙げた点を含めて本書中で気になった点のメモ。
- 知識の習得という観点から見ると本の SN比(信号雑音比)は極めて悪い
- ワトソンは、認知科学の飛躍の産物ではなく、既存技術を組み合わせ、洗練し、チューニングを重ねた工学の結晶
- ワトソンという名前は IBM 創立者トマス・J・ワトソンに由来するが、シャーロック・ホームズの友人、ワトソン博士が持つ「一生懸命ながら飲み込みの悪い相棒」というイメージが、大衆が全知全能のマシンに抱く不安感を和らげるためにむしろ良いのではないか、という考えもある(この考えが著者のものなのか、開発陣のものなのかは不明)
- ちなみに他の名前候補は他には以下の様なものがあった
- f*ck のような不適切用語を回答してブランドイメージを損なうことのないように、「ワトソンを馬鹿にみせない」というミッションを持ったチームがあり不適切語のフィルタの作成なども行われていた
- ワトソンのように、統計的に訓練されたマシンは、本質的には無知であるとも言え、推論、発想などを目指す人工知能とは方向性が異なる
- イギリスの作家サミュエル・バトラーは、1863年に既に「人類はいずれこの惑星の主導権を機械に譲り渡す、だが人類が他生物に愛情を注いできたように、機械が人類の面倒を見てくれるだろうから心配はいらないだろう」という趣旨の文章を残している(何という先見性…!)
- 知識は知覚・概念・記号の3レベルに分けられ、知覚したものを何らかの概念によって記号化することによって生成されるが、概念の形成を学習させることがとても困難である
- 「ジョパディ!」勝利経験者の一人であるコンピュータ科学者ロジャー・クレイグは Anki を使って訓練していた(Anki 愛用者としてなんとなく嬉しい)
- 「コンピュータ vs 人間」という枠組みにおいて、公平性とは何かを考えるのはとても難しい
- ワトソンには早押しボタンを押すために物理的な「指」をつけることが番組側から要求され、そのことで電子信号式のブザーを使用するよりは遅くなったが、それでも本番では他の参加者を早押しで圧倒した(フライングを犯しペナルティを受けることがない、緊張しないという強みもある)
- ワトソンは直前の練習ゲームと本番では別の戦略ルーチンを使っており、司会者(アレックス・トレベック)はそれを良しとは思わなかった(ゲーム参加者のジェニングスは「自分も練習ゲームでは手の内を全部さらしていたわけではなく、駆け引きの一部で違反ではない」と言っている)
- (また、今回の対決は「コンピュータ vs 人間 vs 人間」という構図で行われたので、人間の方は人間有利の問題のポイントを食い合ってしまったのでは、とも言える)
ワトソンと対戦したゲームチャンピオンのジェニングスは TED でこの件について登壇されてますね。
自分を特別にしてくれた、自分が唯一得意なものにコンピュータの能力が近づき、そして追い越されるという恐ろしさについて語りつつ、それでも適切なタイミングで適切な知識を頭の中に持つことにはこれからも価値があると信じている、とのこと。