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本やゲームの感想など

小説感想:『ソラリス』

「意思を持った海」と人類の接触を巡る物語。

人類の理解を超越した「意志を持った海」を相手取ったファースト・コンタクトもの、という面白い設定の SF でした。

知性を持った地球外生命体との接触を扱う物語では何かしらの意思疎通の手段があることが多いですが、本書の「意志を持った海」とは最後まで全く意思疎通が叶いません。そもそもその意志の存在すらも、地球人の存在に対して何かしら反応を示す、という事実からしか推察できないほどです。

その海の反応の一貫として現れる、登場人物の記憶から生み出された「幽霊」を軸に話は展開し、人間とは何か、擬人化を全く許さない存在と人類は分かり合えるのか(そもそも分かり合うとは何だ)といった問いかけが投げられます。

地の文の情景描写の重厚さなどは少し読むのが大変でしたし、手に汗握るような展開も心が晴れるようなハッピーエンドもありませんが、考えさせられる内容で退屈しませんでした(ちょっと地の文を飛ばしたりはしましたが…)。

ちなみに手に取るまでは聞いたこともなかったのですが、原著は 1961 年初版で、結構有名な本のようです。

小説感想:『ブルーローズは眠らない』

ジェリーフィッシュは凍らない』で鮎川哲也賞を受賞した市川憂人氏の推理小説第二弾。

ブルーローズは眠らない

ブルーローズは眠らない

今作のテーマは密室トリック。

密室の謎解きには大きなポイントが2つあり、1つは「これはその可能性を考慮して然るべきだった!」と納得いくもの、もう片方は「うーん、少しアンフェアではないか」という印象でした。読み直してみるとアンフェアとは言い切れず、解ける人には十分解けそうですが、ちょっとすっきりしないです(ただの負け惜しみかもしれませんが…)。

物語上の仕掛けもポイントは2つ(1つに気づいた後、そこからもう1つに気づけるかどうか、と言えるかもしれません)。こちらはどちらもきちんと読んで考えればわかりそうなもので、上手く機能していると思いました。自分は1つ気づいたところで詰まってしまってしまい先を読んでしまいましたが、今振り返ると、1つ目に気付けばそこから自然に繋げられたはずでは…と悔しい思いをしているところです。

「解けるミステリー」として良い作品なので、これから読む人にはぜひ最終章(エピローグを除く)を読む前に一度立ち止まって、関係者の人間関係や密室トリックを解くことにチャレンジしてみて欲しいと思います。


後は、シリーズ物としての感想です。

前作から引き続き、現実とは科学の発展の様子が少し異なる1980年代のU国が舞台。今回は不可能の象徴とされた「青いバラ」の開発が話の中心にあり、遺伝子工学についても語られるのですが、ジェリーフィッシュよりも汎用的な技術で、作中世界でも飛び抜けた業績であること、特に捜査に応用できてしまいそうなこと、が若干気になりました。

1980年代の架空世界を扱っているのは、ケータイや監視カメラがはびこり、科学捜査が発達した現代社会ではなしえない「本格ミステリー」を成立させるためだと思うのですが、このまま「新技術 × ミステリー」路線で進むとそれが危うくなるのでは、と。

もちろん作中で扱った科学技術を続編でまともに扱う必然性もないですし、「まだまだ実際の捜査には使えない」の一言でも十分な説明にはなるのですが、そういうことが続いたり、何度も「科学界全体で(少なくともこの先しばらくは)不可能と思われていたことを、天才が急に(密かに)成し遂げた」みたいな設定を事件の背景に使うことで、作中世界のリアリティが薄まることがなければ良いな、と思います。まぁ、あくまでメインはミステリーのシリーズなので、あまり心配はしていませんけど。

何にせよ、今作も面白かったので、次の作品にも期待しています。

天才は何がすごいのか:『先を読む頭脳』

羽生善治氏 × (人工)知能。人工知能の核心 (NHK出版新書) が良い本だったので、似たようなテーマの昔の本も読んでみました。

先を読む頭脳 (新潮文庫)

先を読む頭脳 (新潮文庫)

将棋よりの話も多く、将棋についてあまり詳しくない自分にはピンとこない箇所もありましたが、この本で印象に残ったのは、羽生さんの「自分で考えぬくこと」、「表面的な理解にとどまらず、その奥にある根本的な部分を理解しようとすること」を大切にしている姿勢、でした。

そして将棋という勝負事に対してでも、勝利よりもむしろ(新しい手の)「発見と創造」をモチベーションとしている点も、第一線で活躍を続けられる理由として何だか納得できました。

自分の仕事は勝負事という訳ではありませんが、目先のタスクを片付けるだけでなく、発見と創造、もしくは自分なりの成長、そんなモチベーションを持って取り組みたいものです。

小説感想:『エンディミオンの覚醒』

ハイペリオン』シリーズ四部作第四部、完結編。

上巻辺りまでは第三部『エンディミオン』に近い主人公勢 vs 権力という冒険譚的な構図で話が進みますが、その後段々と、宗教的・思想的な話が増え、SF よりはむしろファンタジー的に思える能力の開示も交えてこれまで三部かけて張ってきた伏線を回収していく種明かしパートに入ります。

ハイペリオン』の設定の一部に否定が入るなど、種明かしには気になる部分もありましたが、時空間転移を扱っている SF作品としては概ね納得感のいくものだったかなと印象です。そもそも時空間転移(特に時間転移)をツッコミどころなくまとめるのは不可能事に思えますし、自分はあまり細かいことを気にしないので。

決戦に向けて懐かしの面々が再登場するなど、長編ならではのストレートにワクワクする要素もふんだんに取り入れられていて、最後まで勢いで十二分に楽しめました。

後書きによると、ハイペリオン四部作は総計で400字詰め原稿用紙7000枚とのこと。小学生の頃、原稿用紙数枚分の作文で四苦八苦していた自分には想像も出来ない量です。これだけの超大作を書ききった著者と、それを訳しきった訳者の技量と熱量に感謝。

小説感想:『エンディミオン』

ハイペリオン』シリーズ四部作の第三部(後編一部)。
ハイペリオン』、『ハイペリオンの没落』からは約300年後の世界。

エンディミオン(上)

エンディミオン(上)

「時間の墓標」を通って未来に渡った12歳の少女と、老詩人によってその守護者に選ばれた27歳の青年、1人のアンドロイドが、「ウェブ」崩壊後の世界を「聖十字架による復活の奇蹟(体に埋め込んでおくと死んだ後に肉体が再生される寄生体入り十字架)」によって牛耳る教会から逃げながら目的地を目指す物語。

主人公が過去を振り返って語る、という形で記述されていて、時折謎めいた伏線は張られるものの、基本的に本筋はヒーロー・ヒロインの主人公勢 vs 権力、というわかりやすい構図で、ハードなSF的な要素も(時折張られる伏線が気になる以外は)控えめなので読みやすかったです。権力側の追手の実行部隊にも魅力があり、王道の冒険モノという感じでした。

相変わらず、500ページの上下巻が終わった後に待つのは続きは『エンディミオンの覚醒』で!という長編っぷり。あと少し…。