not yet

本やゲームの感想など

小説感想:『母の記憶に』

ケン・リュウ氏の短編集。『紙の動物園』に続いてこちらもとても面白かった。

特に気に入ったのは「母の記憶に」、「存在」、「シミュラクラ」、「カサンドラ」。

表題作の「母の記憶に」はアイディアからして凄く面白いし、どこかで読んだことのあるようなアイディアがベースでもどれも物語としてよく出来ている。要するに面白い。

以下、若干ネタバレを含むので注意。

烏蘇里羆

近代化によって生息環境を追われた魔力を持った羆がその近代技術(新たな魔力)を取り入れて生きることを目指す。前作の「良い狩りを」に似たテーマを感じた。

草を結びて環を銜えん

陥落した市で生き延びようとした2人娼妓の物語。SF ではなく歴史もの。この手の方でも面白い。

重荷は常に汝とともに

古代文明で発見され壮大な叙事詩として発表された文章が実は…。ネタの面白さが秀逸。

母の記憶に

ウラシマ効果を利用し、余命を引き伸ばして娘を見守ることにした母と娘の物語。僅か5ページで表題作になるだけのことはある、素晴らしい短編。

存在

遠隔存在装置を使って母親を介護する男の苦悩。こちらも短いながら素晴らしい。「喪失は徐々に起こる。」

シミュラクラ

対象者のシミュレータ(AI)を、カメラで写真を取るようにして作ることができるシミュラクタという技術を生み出した男とその娘の独白。またしても短いながら考えさせられる逸品。「いかなる記録装置による記録も、そして人間の記憶も、対象のある瞬間の断片でしかない。」

レギュラー

犯罪者 vs 探偵もの。理性的な判断を促すために精神状態を安定させる薬剤を分泌する技術が警察含む公務員に導入されており、この探偵(元警官)もそれを(限界ギリギリまで)使用している。その他の、犯人の犯行動機となるテクノロジーや犯人を追い詰めるために使用する技術も良く考えられていると思う。これも面白い。

ループの中で

対テロ戦において「誰を殺すか」という判断を行うアルゴリズムを作成する技術者の話。技術者の父親はドローン操縦者であり、安全な場所から誰を殺すかを判断し、殺すという仕事をして、精神状態を崩した。

状態変化

魂が物質として存在し、人はそれを消費することで「輝く」ことができるが無くなると死んでしまう。例えばタバコの魂を持った人はそのタバコに火をつける、氷の魂を持った人は(その氷を冷凍庫から取り出して)近くに持っておく、という具合に。ただし、もともとの魂の保存先が変化することで、元の物質がなくなっても死なないことがある。タバコ一本一本→タバコの箱、氷→水。

パーフェクト・マッチ

人工知能が人々の好みを掌握し、デートの相手まで含めて最適な答えを提案してくれる世界。実際に起こりそうな、緩やかなディストピア感がある。というより、その状態がディストピアなのかは微妙なところである。

カサンドラ

スーパーマン vs 犯罪者、なのだが、犯罪者の方は未来予知能力によって知った未来の悲劇を防ぐために犯罪を犯している。スーパーマンは未来のことは誰にもわからない、というスタンスのため、今現時点で犯罪を犯そうとしている犯人を捉えようとしている。予知した未来が未来全体とは限らない、殺人技術を生み出すことになる技術者を一人排除してもその技術はいずれ生まれるなど、スーパーマン側の言っていることはもっともではある。

残されしもの

意識をコンピューターにアップロードできるようになった世界で現実世界に残ることにした人々。

上級読者のための比較認知科学絵本

いろいろなSF的生命体の記憶の仕組みについて。

訴訟師と猿の王

歴史もの。「草を結びて環を銜えん」と同じく、以下に歴史や真実を守ろうとしたか、的な話があるのは、中国系だからなんだろうか?

万味調和

アメリカに来た中国人と、彼が語る関羽の物語。

『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」

輸送手段の二酸化炭素排出量に応じて税金がかかり、輸送機として飛行船が活用されるようになった社会で、輸送機を運転する夫婦とそれを取材する記者。

自由市場という幻想:『最後の資本主義』

資本主義を脅かしているのは、今や共産主義全体主義でもなく、現代社会の成長と安定に不可欠な「信用」の弱体化である。大多数の人たちが、自分や子どもたちに成功への機会が公平に与えられているとは信じなくなったとき、(中略)現代社会は瓦解し始める。そして「協力」の代わりに出てくるのが、コソ泥、不正、詐欺、キックバック汚職、といった大小様々な破滅だ。

最後の資本主義

最後の資本主義

極めて限られた少数の人々への富の集中と、相対的に貧困化するその他の人々の失望が世の中を崩していく、というのはさもありなん、という感じです。本書では特に富の集中のメカニズムが詳しく解説されていますが、これを読むとこの流れを覆すことの難しさに思いやられますね(別に覆そうと何かしているわけではないですが)。

「世の中の大多数を占める中間層以下の人達が政治的権力(交渉力)を取り戻すことでこの流れを変えてることはできる」とはされていますが、果たして本当にそれが実現可能なのかどうか。経済力と政治力の結びつきの強さと、それらが教育・広告に及ぼす影響力を考えると、どうかなー、と悲観的になります。

本自体は全体の章構成も適度に分割されていて、不自然に感じる訳文もなく読みやすかったです。


「自由市場」という幻想

「自由市場」とは政府や国際社会が作ったルールに基づいて運用されるものであり、「自由市場」と「(大きな)政府」のどちらが良いか、という議論は的を外している。市場のルールは経済に対して政府のサイズよりも遥かに大きな影響力を持つ。

経済力と政治力の循環

裕福な個人・業界はその経済力を政治献金やPR活動という形で政治力に変換し、市場のルール(法律)がより自分たちに有利になるように働きかけることがで循環的に経済的支配力と政治的権力を強めることができる。

この力は策定されるルールの内容のみならず、その執行力にも影響を与える。例えば特定の業界が、ある法律を好ましく思っていないが、表立って反対を表明して国民の反発を買うことを避けたいという場合、法律そのものに反対するのではなく、その法の執行資金を与えないように予算配分に働きかけるという手法がある。この手法はほとんど注目されることなく実質的に法を無効化する。

仮に何らかの違法性を国から追及されたとしても、潤沢な資産を持った業界は優秀な専門家・弁護士を雇い入れ、自分たちに有利な結論を引き出すことができるだろう。

貧困者に届かない寄付

寄付は税を控除される。その寄付先がオペラや美術館、一流大学といった、価値があるとはいえ、本当に補助が必要な貧困者に関わりのないものでも、である。更には、寄付を受けた団体や基金も、その事業活動で得た収入に対して税金を払う必要がない。

つまり、富豪達は自分達に関係のある寄付先を選んでお金を使うことで、より富の集中を加速させることができる。逆に政府は税収を失い、貧困者への補助なども含めた予算が削られていく。

母の愛とアパルトヘイト:『Born A Crime: Stories from a South African Childhood』

南アフリカ出身のコメディアン、 Trevor Noah という方の回顧録。

この方を知っていた訳ではないのですが、ビル・ゲイツ氏の今年の夏のオススメ本の一冊に紹介されていて興味を持ったので読んでみました(gatesnote | 5 Good Summer Reads)。

知らない人の伝記やエッセイというのは結局興味が持てなかった、ということも多々あるのですが、この本はとても面白かったです。読み物としては2017年上半期の一押し。

Born A Crime: Stories from a South African Childhood (English Edition)

Born A Crime: Stories from a South African Childhood (English Edition)

アパルトヘイトという人種差別政策の下で、その政策の不合理さの証明とも言える黒人の母、白人の父を持って生まれた「colored」としての著者の子供の頃からの生活の様子がユーモアと鋭い洞察を持って書かれています。

全体として特に印象的なのは、そもそもアパルトヘイト下で、混血の子どもを生み、育てようと決意しそれを実行した著者の母親の芯の強さですね。

何時間もかけて教会に通うなど信心深いところがあり、その辺りの行動の合理性については信心深いわけではない著者との会話が面白おかしかったりするのですが、黒人の女性、というアパルトヘイト下では多くのハンディキャップを背負う立場でありながら、仕事を手に入れ、子どもを守り育て抜いた、その意志と行動力には頭が下がります。本当にすごいです。

一方、著者との接触がしばらく断てれてしまっていた実父との再会のエピソードにも胸に来るものがありました。

アパルトヘイト社会を、その渦中で育った方の視点から書かれている、という点で勉強にもなったと思います。英語も平易で読みやすく、いろいろな面でオススメです。

小説感想:『ダンガンロンパ霧切 5』

『密室十二宮』完結編(ようやく)。

トリックは相変わらず、理論上は確かにできるんだろうけど、的なタイプ。リブラ女学院のトリックはダンガンロンパ本編経験者なら種明かし前になんとなくの予想はついたのでは。

前巻までに仲間に引き入れた探偵たち扱いは…ちょっと残念な方向の一幕はあったものの、わからなくはない、ですかね。適度に退場して頂き、次は次、という感じでしょうか。この巻含めて霧切さんの活躍の場がほとんどなかったので、今後霧切さんメインで進めるには良かったのかもしれません。

例によって強烈なキャラクターとの対決を予想させる感じの引きなので、次巻も楽しみではあります。

しかしこのシリーズはいつ完結するのでしょう?まだラスボス戦すら始まりそうになく、この刊行ペースではあと5年くらいかかるのでは…。

ダンガンロンパ霧切 5 (星海社FICTIONS)

ダンガンロンパ霧切 5 (星海社FICTIONS)

ゲーム感想:『追放選挙』

最初の『選挙』が終わったところで「これはプレイするモチベーション保てないなー」と思って止めました。もう少し時間的に余裕がある時期であればもう少しプレイしてみたかもしれませんが…。

追放選挙

追放選挙

Amazon で「参考になった」が多く付いているレビューとだいたい同意見で、

  • 主人公の「他のメンバー全員を積極的に『選挙』で追い落として殺してやる」という動機についていけない。
    • 他のメンバーは殺してやると思えるほどの悪人に見えず、主人公が復讐心を抱くようになった状況を考えてもそれで積極的に殺しにいく主人公の方が異常。自分が他のメンバーと同じ状況に置かれていたら、自分だってそうするし。。。
  • 『選挙』システムが全く選挙っぽくなく、ゲームとしても面白くない。
    • 最初の『選挙』はなんだかルールすらよくわからないまま終了。
    • 『選挙』は候補・投票者の両方が匿名の状態で行われ、負けて追放されたメンバーの記憶は主人公以外のメンバーからすぐに消えるので、人間ドラマ的なものもない。
      • 匿名性故に『選挙』前の期間に主人公が情報収集のために他のメンバーと接触する、という行為の意味もない。

「追放者を選挙で決める」というコンセプト自体は上手く行けばゲームにガッチリはまりそうに思いますが…本作に関してはストーリー+メインキャラクターとシステム両面でコケているので残念でした。

よく考えてみればこのコンセプトでプレイヤーに納得感を持ってもらうのはかなり難しい気もしますが、またいつか再チャレンジして欲しいと思います。